「死刑制度は重大犯罪を抑制する」という考えは、多くの国で長年信じられてきた。しかし、全米科学アカデミー(National Academy of Sciences:米国における最高権威の科学機関)による包括的レビューが、この通説に科学的根拠がないことを明らかにした。
抑止効果を示す証拠は見つからず全米科学アカデミーのシステマティックレビュー(特定のテーマについて既存研究を体系的に収集・評価する手法)では、死刑の抑止効果を示すとされる既存研究を徹底検証した結果、いずれも方法論的欠陥があり結論を支持できないことが確認されている。実際のデータを見ると、死刑存続州と廃止州の間で殺人率に有意差はないことが明らかになっている。さらに興味深いのは、死刑を廃止した国々の動向である。カナダでは1976年の死刑廃止後、殺人率が44%減少している。欧州諸国でも死刑廃止後に殺人率は上昇していないという結果が確認されている。この結果について研究者らは、殺人の多くが衝動的または感情的な状況で発生し、犯行時に刑罰を計算していないことを理由として挙げている。加えて、殺人犯の多くは逮捕されると思っておらず、死刑執行までの時間が長いため因果関係が認識されにくいという心理的要因も指摘されている。経済的負担も深刻な問題死刑制度には予想以上の経済的コストがかかることも確認されている。死刑訴訟は控訴等の手続きが複雑で長期化するため、終身刑より高コストになることが明らかになっている。カリフォルニア州では死刑1件あたり3億ドル以上の追加コストがかかるという試算が示されている。なぜ「抑止効果」説が広まったのかこの通説が長期間信じられてきた背景には、直感的な理解のしやすさがある。「重い罰則があれば犯罪は減る」という考えは論理的に聞こえるため、多くの人が疑問を持たずに受け入れてきた。また、政治的な観点から「厳罰主義」が支持される傾向も、この考えを定着させる要因となった。さらに、過去には統計学的手法が発達しておらず、死刑制度と犯罪率の因果関係を正確に分析することが困難だった。そのため、単純な相関関係や印象論に基づいた議論が主流となり、科学的検証が不十分なまま通説化していったのである。この知見を活かすヒント政策に関する議論では、直感的な正しさよりも科学的エビデンスを重視する全米科学アカデミーのような権威ある機関による包括的レビューを優先的に参照する社会問題について意見を形成する際は、複数の信頼できる研究機関のデータを比較検討する犯罪抑制を考える場合は、教育機会の充実や経済格差の是正などの根本的対策に注目する感情論ではなく、実証データに基づいて刑事司法政策を評価する習慣を身につける参考文献Deterrence and the Death PenaltyNational Research Council 2012https://nap.nationalacademies.org/catalog/13363/deterrence-and-the-death-penaltyエビデンスレベル: メタアナリシス/システマティックレビュー
