「アイデアを出すなら、まずはみんなで集まってブレストしよう」——この発想は、現代のビジネスシーンにおいて半ば常識として定着している。1953年に広告会社の経営者アレックス・オズボーンが著書で提唱して以来、ブレインストーミングは創造性を高める手法として世界中に広まった。しかし、この手法の有効性は提唱からわずか5年後の1958年から科学的に疑問視されてきた。そして驚くべきことに、その後60年以上にわたる研究は、ブレインストーミングが個人作業に劣ることを一貫して実証している。
イェール大学の衝撃的な実験結果1958年、イェール大学の心理学者ドナルド・テイラー、ポール・ベリー、クリフォード・ブロックは、ブレインストーミングの効果を厳密に検証する実験を行った。彼らは48人の被験者を12の4人グループに分け、オズボーンの4つの基本ルール(批判禁止、自由奔放、量重視、便乗歓迎)に従ってブレインストーミングを実施させた。比較対象として、別の48人には同じ問題を個別に考えさせ、その後ランダムに4人ずつの「名目グループ」に分類して成果を集計した。結果は衝撃的だった。名目グループは実際のブレインストーミンググループと比較して、平均で約2倍のアイデアを生み出すことが確認された。さらに、質の面でも優れており、「ユニークなアイデア」の数、「実現可能性の高いアイデア」の数、いずれの指標においても名目グループが上回った。3つの心理学的メカニズムなぜ集団でのブレインストーミングは効果が低いのか。後続の研究により、3つの主要なメカニズムが特定されている。第一に「生産性の阻害」(Production Blocking)がある。集団では一度に一人しか発言できないため、他のメンバーは待機を強いられる。心理学者マイケル・ディールとウォルフガング・ストローベは1987年の研究で、この待機時間中にアイデアを忘れたり、思考の流れが中断されたりすることを実証した。彼らの実験では、発言の順番待ちだけで生産性が約30〜40%低下することが示されている。第二に「評価懸念」(Evaluation Apprehension)の問題がある。オズボーンのルールでは「批判禁止」が謳われているが、実際には他者の目があることで、突飛なアイデアや未完成の着想を口にすることへの心理的ハードルが上がる。1991年のカマラスとウィリアムズの研究では、匿名性が保証された条件では、アイデアの数が約25%増加することが示されている。第三に「社会的手抜き」(Social Loafing)も発生する。集団の中では個人の貢献が見えにくくなり、全力を出さなくなる傾向がある。リンゲルマンが20世紀初頭に発見したこの現象は、綱引きでは人数が増えるほど一人当たりの力が減少するという形で現れるが、認知的タスクでも同様のことが起きる。なぜブレストは続けられるのか2012年に発表された22の研究を対象としたメタ分析(複数の研究結果を統合して分析する手法)でも、ブレインストーミングが個人作業に劣るという知見は確認されている。では、なぜこの手法はいまだに広く行われているのか。その答えは「参加者の主観的評価」にある。パウルスとジンジャックの2006年の研究によると、ブレインストーミング参加者の約80%が「効果があった」と感じる傾向がある。集団での作業は社会的に楽しく、達成感も得られやすい。また、他者のアイデアを聞くことで「自分たちは多くのアイデアを出した」という錯覚が生まれる。しかし、その主観的満足感と客観的な成果は別物なのである。より効果的な代替手法では、創造性を高めたい場合にはどうすべきか。研究が示す効果的な代替手法がいくつか存在する。「ブレインライティング」は最も有望な手法の一つだ。各自が個別にアイデアを紙に書き出し、それを匿名で回覧・発展させていく。1969年にドイツの経営コンサルタント、ベルント・ロールバッハが開発したこの手法は、2015年のパウルスらの研究で従来のブレインストーミングより約40%多くのアイデアを生み出すことが示されている。「電子ブレインストーミング」も効果的だ。チャットやコラボレーションツールを使って同時に入力することで、生産性の阻害を回避できる。1994年のヴァラシックらの研究では、12人のグループで電子ブレインストーミングを行うと、対面のブレインストーミングと比較して約3倍のアイデアが生まれることが実証されている。この知見を活かすヒント重要なアイデア出しの前に、まず個人で時間を取って考える「沈黙時間」を設ける匿名でアイデアを投稿できる電子ツール(Miro、Jamboard等)を活用して、評価懸念を軽減するブレインライティング手法を試す:個々人が書面でアイデアを出し、それを回覧して発展させる結論として、「みんなで集まってアイデアを出す」という行為自体が悪いわけではない。問題は、その方法論にある。科学的知見を踏まえた設計をすれば、集団の知恵を効果的に活用することは可能なのである。参考文献Does Group Participation When Using Brainstorming Facilitate or Inhibit Creative Thinking?Taylor, D. W., Berry, P. C., & Block, C. H.Administrative Science Quarterly, 1958; 3(1): 23-47https://www.jstor.org/stable/2390603