AIが生んだ作品は誰のものか、日本・米国・EU、三つの著作権

2022年夏、米国コロラド州の品評会で、一枚の絵がデジタルアート部門の最優秀賞を射止めた。「Théâtre D’opéra Spatial(テアトル・ドペラ・スパシアル、宇宙のオペラ劇場)」と題されたその作品は、荘厳な劇場に立つ人影を金色の光で描き、見る者を圧倒した。手がけたのはジェイソン・アレン(Jason Allen)。ただし、彼は絵筆を握っていない。使ったのはMidjourney(ミッドジャーニー)という画像生成AIだった。

受賞そのものも論争を呼んだ。だが、本当に奇妙だったのはその後である。アレンがこの絵の著作権登録を申請すると、米国著作権局(U.S. Copyright Office、著作権の登録を担う政府機関)はこれを拒んだ。理由はたった一つ。「人間が創作した」とは認められない、というものだった。賞を取り、多くの人の心を動かした絵が、法律の世界では「誰のものでもない」。

AIが文章も絵も音楽も量産する時代になった。ならば問いはこうなる。AIが生んだ作品に、著作権は宿るのか。宿るとすれば、それは誰のものか。日本、米国、そしてEU(欧州連合)は、驚くほど似た結論にたどり着きながら、そこへ至る道はそれぞれ違っている。

「作者なき受賞作」というパラドックス

私たちは、ものを作れば自分のものになると信じている。写真を撮ればその写真は自分のもの、文章を書けばその文章は自分のもの。道具がカメラでもワープロでも変わらない。だから生成AIも「新しい道具」にすぎず、出てきた絵は使った人のものになる。そう考えるのが自然に思える。

ところが、各国の著作権の番人たちは、そろってこの直感に反する判断をしている。鍵になるのは「著作物」とは何か、という古い問いである。著作権は、世に存在するすべての成果物を守るわけではない。守るのは、人間が知的に生み出した「創作的な表現」だけだ。問題は、AIが描いた絵をその枠に入れてよいのかという一点に絞られる。

アレンの絵をめぐる著作権局の判断は、2023年9月に最終決定が出た。審査機関は、人間の創作的な関与は「ごくわずか(de minimis)」であり、AIが生んだ要素が作品を支配している、と結論づけた。プロンプト(AIへの指示文)をいくら工夫しても、複雑な絵を実際に描き上げたのはAIであって人間ではない。著作権局はそう見たのである。

米国が引いた一線 機械は作者になれない

米国の立場は、もっと根本的なところから来ている。米国の著作権法は、保護される作品は「最初の段階で人間によって作られていなければならない」と読まれてきた。この「人間による創作」という要件は、決して新しいものではない。1884年、最高裁はBurrow-Giles(バロウ・ジャイルズ)事件で、写真もまた人間の知的創作だから保護に値すると判断した。著作権が守るのは機械の働きではなく、人の頭の中から出た表現である。その原則がここで確認された。

この古い原則を、AIの時代に正面から適用した判決がある。発明家スティーブン・セイラー(Stephen Thaler)は、自作のAI「クリエイティビティ・マシン」にある絵を単独で生成させた。「A Recent Entrance to Paradise(楽園への最近の入り口)」と題されたその絵について、彼はAIを著作者として登録しようとした。著作権局は拒否。セイラーは裁判に持ち込んだ。

2025年3月18日、首都ワシントンの連邦控訴裁判所(D.C. Circuit)はセイラーの訴えを退けた。判決の理屈は明快だ。米国の著作権法は1976年の制定時点から、作品の作者は人間であることを前提に組み立てられている。たとえば著作権は財産として相続できるが、機械は財産を所有できない。著作権の保護期間は作者の死から数えて決まるが、機械に寿命はない。法律のあちこちが、作者が人間であることを当然としている。だから機械は作者になれない。これは解釈の好みではなく「制定法の問題だ」と裁判所は述べた。

ただし、この判決はAIを使った創作のすべてを否定したわけではない。裁判所が退けたのは、人間の関与がまったくない「AI単独の生成物」である。人間がAIを道具として使い、そこに自分の創作を加えた場合はどうなるのか。その線引きは別の問題として残された。

どこまでが「人間の創作」か

その線引きの難しさを示す例が、Zarya of the Dawn(ザリヤ・オブ・ザ・ドーン)という漫画作品だ。作者のクリス・カシュタノヴァ(Kris Kashtanova)は、物語の文章を自分で書き、コマの配置を自分で決め、絵だけをMidjourneyに生成させた。2023年、著作権局はこの作品を二つに切り分けた。人間が書いた文章と、コマを選んで並べた「構成」は保護される。だが、AIが生んだ個々の絵そのものは保護されない。一つの本の中に、守られる部分と守られない部分が同居することになった。

ここに、AI時代の著作権の核心がある。問われているのは作品の出来栄えではない。人間がどれだけ「創作的に関与」したか、である。米国著作権局は2025年1月、この問題を正面から論じた報告書「著作権と人工知能」の第2部を公表した。結論はこうだ。AIに指示を出して得ただけの生成物は保護されない。一方、人間が自分の表現として認められる要素を加えたり、出力を創作的に選び・並べ・手を入れたりした部分は保護される。AIを創作の補助として使うこと自体は、保護を妨げない。問題は、AIが人間の創作を「肩代わり」してしまった時に起きる。

そして報告書は、現在の一般的な技術では「プロンプトだけでは、利用者を作者と呼ぶのに十分な創作的支配が及んでいない」と踏み込んだ。どれほど凝った指示文を打ち込んでも、最後に絵を描く判断はAIが握っている。米国は、新しい法律を作るのではなく、既存の枠組みで対応できるという立場を選んだ。線引きは、これから個々の事例で詰めていくしかない。アレンも自分の絵を守ろうと2024年に裁判所へ訴え出ており、争いはなお続いている。

日本も、そしてEUも同じ結論にたどり着く

太平洋の向こうの日本は、まったく別の条文を持ちながら、出力については米国とほとんど同じ場所にたどり着く。

日本の著作権法は、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定めている。ここで効いてくるのが「思想又は感情」という言葉だ。これは人間の頭の中にあるものを指す。AIが人の関与なしに自律的に吐き出した文章や画像は、人間の思想や感情の表現とは言えない。だから日本でも、AIが単独で生んだ生成物は、原則として著作物にはあたらない。

判断の分かれ目になるのは、米国と同じく「人間の創作的寄与」があったかどうかである。文化庁は2024年3月、「AIと著作権に関する考え方について」という文書をまとめた。約2万5000件もの意見公募を経て固められたこの見解は、こう整理する。AIの出力を人が編集したり、表現に手を加えたりして、明確な創作的寄与が認められるなら、著作物になりうる。逆に、人がほとんど関与しない自律生成物は、著作物として保護されない。

EUも同じ場所に立つ。EUの著作権は、保護される作品を「作者自身の知的創作」でなければならないと捉えてきた。人の自由で創作的な選択が表れていることが要る、という考え方だ。ここでもAIが単独で吐き出した出力は、人の創作的な選択を欠くために保護されない。条文も、たどってきた歴史も違う。それでも日米欧の三者は、出力をめぐる限り同じ結論で握手する。AIが一人で作ったものは、誰の著作物でもない。著作権が報いるのは、あくまで人間の手による創作なのだ。

学習データという分かれ道

ところが、もう一つの問いに移ると、三者の道は鋭く分かれる。AIが作ったものではなく、AIに学ばせるために使ったもの。つまり「学習データ」をめぐる問題だ。

生成AIは、膨大な既存の文章や画像を読み込んで訓練される。その中には、他人の著作物が大量に含まれる。許諾を取らずに学習に使ってよいのか。ここで日本は、世界でも飛び抜けて踏み込んだ答えを、しかも早くから法律で用意していた。

著作権法第30条の4。2018年に改正され、2019年に施行されたこの条文は、「情報解析(じょうほうかいせき、大量のデータを解析する処理)」のためであれば、著作物を許諾なしに使ってよいと定める。AIの学習はこの情報解析にあたる。条件は、作品の表現を「享受(きょうじゅ、味わい楽しむこと)」する目的ではないこと。文章を読んで楽しむためではなく、あくまで解析の材料として使うのなら、原則として権利者の許可は要らない。海外の専門家からは、機械学習にとっての「楽園」とまで評される、極めて寛容な規定である。

もっとも、この条文には但し書きがある。利用の態様によって「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には適用されない、というものだ。問題は、何が「不当に害する」のかが条文だけでは判然としないことだった。そこで文化庁の前述の見解が、輪郭を描こうとした。たとえば、特定の作家の画風をまねて似た絵を出させるために、その作家の作品ばかりを集中的に学習させる場合。あるいはLoRA(ローラ、少量のデータで特定の作風を追加学習させる手法)で狙い撃ちする場合。こうした使い方は、表現を享受する目的が混じっていたり、権利者の利益を不当に害したりするとして、例外の枠から外れうる。学習は広く許す。ただし、特定の誰かを狙い撃ちにする学習は別だ。日本はそう線を引いた。

EUは「許可するが、拒否権を残す」

日本と米国のあいだに、第三の道を選んだのがEUだ。骨格は2019年のDSM指令(デジタル単一市場著作権指令、EUの著作権ルールを定めた法令)にある。この指令は、情報解析(TDM、テキストやデータの大量解析)のための利用を認める例外を二つ置いた。一つは研究機関による学術目的の解析。もう一つが、第4条の、目的を問わない解析である。商用のAI学習も、この第4条の射程に入ると、EUの立法者は明言している。

ここまでは日本に似ている。違うのはその先だ。第4条には条件がつく。権利者が、自分の作品を解析に使わせないと「あらかじめ明確に拒否(オプトアウト)」していれば、例外は使えない。しかもネットで公開された作品については、機械が読み取れる形での拒否表示が求められる。つまりEUは、原則として学習を許しつつ、権利者の手元に「使わせない」というスイッチを残した。日本の30条の4には、このスイッチがない。ここが決定的に違う。

EUはさらに踏み込んだ。2024年に成立したAI法(AI Act)は、汎用AI(さまざまな用途に使える基盤的なAI)の提供者に二つの義務を課した。一つは、EUの著作権法を守る方針を持ち、とりわけ第4条のオプトアウトを見つけて尊重すること。もう一つは、学習に使ったデータの「十分に詳しい要約」を、当局が用意したひな形に沿って公表することだ。これらの義務は2025年8月から適用が始まった。学習データの中身を開示させ、拒否した権利者を守る。EUは透明性と権利者の制御を、許可とセットにしたのである。

もっとも、このスイッチが実際にどう働くかは、まだ手探りだ。ドイツの裁判所はLAION(ライオン)というデータセットをめぐる事件で、学術目的の解析は例外に収まると判断した。別の事件では、解析のための複製は許されるが、モデルが学習内容を丸ごと覚え込んで吐き出す部分は別だ、という線引きも示された。拒否の表示も、漠然としたものでは足りず、明確で技術的に正しい形が要るとされる。EUの中間の道は、理屈は整っていても、運用の細部はこれから詰まっていく。

「裁判で決める」米国

同じ学習データの問題を、米国はEUとも日本とも違うやり方で扱っている。米国には、日本の30条の4のような「学習を許す条文」が存在しない。代わりにあるのが「フェアユース(公正な利用として、無許諾でも侵害にならないと裁判所が認める柔軟な例外)」という考え方だ。そして、ある学習がフェアユースにあたるかどうかは、法律にあらかじめ書いてあるのではなく、裁判で一件ずつ判断される。

2025年は、その判断が相次いだ年になった。判決は一つの方向にそろわなかった。

2月、トムソン・ロイター(Thomson Reuters、法律情報大手)対ロス・インテリジェンス(Ross Intelligence)の裁判で、裁判所はロス側のフェアユースの主張を退けた。判例の要約データを使って競合する法律検索AIを訓練した行為は、公正な利用とは認められない、と判断したのである。

ところが6月、流れは逆を向く。作家らがAI企業アンスロピック(Anthropic)を訴えた裁判で、裁判官はこう判断した。正規に入手した書籍をAIの学習に使うことは「目を見張るほど創造的な転換的利用(transformative use)」であり、フェアユースにあたる。学習そのものは適法だ、というわけだ。ただし同じ判決は、海賊版の書籍を大量に集めて蔵書化した行為は別問題で、フェアユースにはあたらないとした。この海賊版の部分が響き、アンスロピックは後に最大15億ドル(約2000億円超)を支払う和解に応じている。その二日後、別の裁判官は作家らがメタ(Meta)を訴えた件で、学習はフェアユースにあたると判断した。ただし、原告が市場への実害を立証できなかったという「その事件の記録のうえでは」という限定つきだった。

これらの判決を貫く物差しは「転換的利用」という考え方だ。元の作品をそのまま味わわせるのではなく、別の目的や別の価値を生むために使ったのなら、フェアユースに傾く。AIに言葉の規則性を学ばせる行為は、その典型と見なされた。逆に、元の作品と同じ市場で競い合う成果物を、しかも違法に手に入れた素材から生み出すのなら、天秤は侵害の側へ傾く。学習が許されるかどうかは、結局「何のために、どう使ったか」に行き着く。

米国著作権局も2025年5月、報告書の第3部で学習データの問題を扱った。結論は歯切れが悪い。学習はフェアユースになる場合もあれば、侵害になる場合もある。判断は裁判所が事案ごとに下すしかない。ただし、違法に入手した大量の著作物を使い、元の作品と市場で競合する成果物を商業的に生み出すような利用は、確立されたフェアユースの範囲を超える、とも述べた。要するに、米国の答えは「場合による」である。学習データの扱いは、いまもh変化し続けている。

こうして、学習データという同じ問いに、三者三様の答えが並んだ。日本は入り口を2018年に法律で広く開けた。許す範囲は最も広いが、権利者に拒否のスイッチはなく、「不当に害する」という灰色の但し書きだけが歯止めになる。EUは、原則は許しつつ、権利者にオプトアウトの拒否権を渡し、学習データの開示まで求めた。許可と制御と透明性を、一つの枠に束ねたのである。米国はそもそも学習を許す条文を持たず、フェアユースという裁判頼みに委ねた。予測しにくく、事案ごとに揺れる。最も寛容な日本、中間で均衡を取るEU、判例で手探りする米国。三つの法体系は、同じ問いの前で、見事に違う構えを取っている。

それでも残る、共通の問い

三つの道は、同じ問いの前で立ち止まる。人間の関与が、どこまで深まれば「創作」と呼べるのか。

プロンプトを工夫することは創作なのか。出てきた百枚の中から一枚を選ぶ行為は創作なのか。AIの出力に手を加え、配置を整える作業は、どこから著作物を生むのか。日米欧のいずれも、この問いに最終的な答えを出していない。アレンの絵が裁判で争われ、各国の当局が報告書を重ねているのは、まさにこの線が引き切れていないからだ。

もう一つ、見落とされがちな点がある。AIが生んだ出力に著作権が認められないことと、その出力が他人の著作権を侵害しないことは、別の話だということだ。日本でも米国でも、そしてEUでも、AIの生成物が既存の作品に「依拠」し、かつ表現が似ていれば、人間が描いた場合と同じように侵害になりうる。自分のものにならないうえに、他人の権利を侵すこともある。AIの出力は、二重の意味で油断できない。

創作者と利用者は何をすべきか

ここから、実際に手を動かす人への示唆を引き出せる。

第一に、AIに指示しただけの生成物は、日米欧のいずれでも著作権で守られないと考えた方がよい。誰でも自由に使える状態に近い。それを自分の作品として独占したいなら、人間の創作を確かに上乗せすることだ。複数の出力から選び、構成を組み立て、表現に手を入れる。そして、どこを自分が創作したのかを記録しておく。守られるのは、その人間の手の跡の部分である。

具体的に考えてみよう。AIに百枚の絵を出させ、その中から一枚を選び、気に入らない部分を自分で描き直し、文章やほかの素材と組み合わせて一つの作品に仕立てる。この「選ぶ・直す・組み合わせる」という人間の判断こそが、保護の足場になる。逆に、指示文を打ち込んで出てきた一枚をそのまま使うだけなら、足場は生まれにくい。万一争いになったときに備え、自分がどこに手を入れたかを示せるよう、制作の過程を残しておく。地味だが、これが効いてくる。

第二に、学習データとして他人の作品を使う側は、国によって足場が違うことを意識する必要がある。日本の企業には30条の4という法律の後ろ盾がある。ただし、特定の作家を狙い撃ちにする学習や、権利者の利益を不当に害する使い方は、その枠から外れうる。EUでは原則は許されるが、権利者がオプトアウトで拒否していれば使えない。汎用AIを出すなら、学習データの要約を公表し、拒否表示を尊重する義務も負う。米国では、そもそも法律の後ろ盾がなく、フェアユースという裁判頼みの不確実さがつきまとう。

第三に、利用者は「自分が指示したのだから自分のものだ」という思い込みを手放した方がよい。AIは道具であると同時に、創作の主役を奪いかねない存在でもある。法律は、その境目を人間の側に引こうとしている。

冒頭のアレンの絵に戻ろう。それは賞を取り、人々を動かし、議論を呼んだ。にもかかわらず、法律の上では誰のものでもない。法が見ているのは作品の質ではなく、人間の手がどれだけ入ったかである。AIがいよいよ身近になるほど、皮肉なことに、人間の創作の価値は、むしろ上がっていく。

 


参考文献

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・著者: 米国著作権局
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・著者: 米国著作権局
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・出典: 米国著作権局 報告書(2025年1月29日)
・著者: 米国著作権局
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・著者: 米国デラウェア州連邦地方裁判所
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Bartz v. Anthropic(バーツ対アンスロピック)
・出典: カリフォルニア州北部連邦地方裁判所判決(2025年6月23日)
・著者: 米国カリフォルニア州北部連邦地方裁判所
・エビデンスレベル: 中(地裁判決。正規入手書籍での学習はフェアユース、海賊版の蔵書化は別問題。後に和解)
・URL: https://www.whitecase.com/insight-alert/two-california-district-judges-rule-using-books-train-ai-fair-use

Kadrey v. Meta(カドリー対メタ)
・出典: カリフォルニア州北部連邦地方裁判所判決(2025年6月25日)
・著者: 米国カリフォルニア州北部連邦地方裁判所
・エビデンスレベル: 中(地裁判決。当該事件の記録上は学習をフェアユースと判断、市場への実害は立証されず)
・URL: https://www.whitecase.com/insight-alert/two-california-district-judges-rule-using-books-train-ai-fair-use

GEMA v. OpenAI(GEMA対OpenAI)
・出典: ミュンヘン地方裁判所判決(2025年)
・著者: ドイツ・ミュンヘン地方裁判所
・エビデンスレベル: 中(地裁判決。LLMはTDMの範囲に入るが、モデルが学習内容を記憶し再生する部分は別とした)
・URL: https://www.taylorwessing.com/en/interface/2025/online-and-ai-generated-content/ai-and-copyright-litigation-in-the-eu-and-the-uk

Copyright and Artificial Intelligence, Part 3: Generative AI Training(著作権と人工知能 第3部:生成AIの学習)
・出典: 米国著作権局 報告書(2025年5月9日、公表前版)
・著者: 米国著作権局
・エビデンスレベル: 弱〜中(当局の報告書。学習は事案により適法とも違法ともなり、裁判所の判断に委ねられるとする)
・URL: https://www.copyright.gov/ai/